
真夜中の桃色アパート
隆次はアパートに住みはじめて四年になる――種々の職業を転々として、今はピエロのサンドイッチマンが職業である。心優しい隆次だが、生れつき言葉が不自由な為、遅い自立であった。杏子、働き乍ら英語学校に通っているが、半年程前、隆次の隣りに引っ越してきた。反対隣りの住人、堀田実と直子は二年程前に引っ越してきたカップルで、ハテに痴話ゲンカをした後のベッドシーンはものすごく、隆次は一晩中寝つかれぬ事も度々である。ある日、隆次は隣りの部屋の杏子が見知らぬ男の立ち去る後姿に涙している処を見てしまった・・・・・・。隆次は「今晩わ」の一言も云えぬ気まづさともどかしさでオロオロするばかりである。ある日、隆次が鏡に向っている時、堀田と直子達が又も、死ぬの生きるのと大騒ぎが始まった。隆次が、白ベタの半端なピエロの顔のまま痴話ゲンカの仲裁に入ったからたまらない。駕ろく堀田と直子は悲鳴をあげ、そこへ杏子も加ってアパートはパニックになった。――――しかし、その事があってから隆次は杏子や直子と親しく笑顔を交わせる様になったのである。杏子には悲しい秘密があった。不倫である――。お互いの心のスキ間を埋め合う恋・それは、心のスキ間を埋めて余りあるハズであったのだが、別れねばならぬ出来事が起きた――。不倫の相手の子供が難病に犯され生死をさまよっていたのだ。苦しんだ末、二人は別れた――難病に苦しむ子供に対する、せめてもの“つぐない”であった――今はもう、あのめくらめく様な絶頂のベットも、抱き合う刻もすてていた。そんな杏子の淋しい気持ちを救ったのが降次のどこか滑稽で哀しいピエロ姿である。杏子は自分から降次のピエロ姿の胸に休をぶつけた・・・・・・そのままでいけば、アパートは平隠であった。が、杏子の前に再び、あの不倫の相手が現われて騒しくなる。人間、心がボロボロになるとエゴに走る、その男がそうであった。杏子の帰宅を待つ男。帰宅を急ぐ杏子。それを物陰で包丁を握りしめて見つめる男の妻。男が杏子に近づいた時、杏子に包丁を向けて走り寄る女の影ーーその三人の影の中に四人目の影が飛び込んだ。男の妻の包丁と杏子の間でピエロ姿の降次の顔が苦痛に歪み、ピエロが笑っている様に見える。その事があってから後、あのアパートから杏子と隆次の姿が消えた。今は、アパートの主の様な堀田と直子が、隣りの部屋に気兼ねなく、アパート中をきしませる様な、あけっぴろげのセックスと痴話ゲンカを誰はばかる事なく続けているのだった。(C) OP PICTURES / 真夜中の桃色アパート